近年、製造業を中心に経営者・職人の高齢化や後継者不足による黒字倒産が相次いでいます。
日本の99%が中小企業であり、日本経済の根幹を支える製造業の衰退は、日本の将来に暗い影を落とす由々しき事態といえます。
一方で、大企業同士の合併や高い技術力を持つ中小企業の買収を手掛ける、M&A仲介企業も増えており、新事業への参入や事業再編を目指す動きが活発化しています。
こうした背景には、高い技術を持つベテラン社員から若手社員(次世代社員)への技能承継が進んでいないことも原因のひとつです。
今回は、経営者が知っておきたい技能承継が進まない理由や、職場環境の改善・ベテラン社員に対する正当な人事評価が技能承継を進める鍵であることを、大橋高広の著書である『人事部のつくりかた』の内容をご紹介しながら、解説します。
アトツギとは
アトツギとは、インターネット上で使われている、家業がある34歳未満の後継者の総称です。
親族による事業承継が少なくなり、第三者(社)による事業承継が主流となっている現代において、「跡継ぎこそが事業承継の主役になるべき」と主張する有識者やWebサービスが増えています。
家業を持つ若手人材が、Uターンし、地元とのコネクションや地方自治体の助成金、さらにはDX(IT化)による既存事業の効率化や新規事業によって、V字回復する事例が増えている背景から、「跡継ぎ」をあえて「アトツギ」と呼び、ベンチャー型事業承継をおこなっています。
家業を持つ34歳未満の後継者が、様々な手段を用いて、家業をベンチャー型事業承継として発展させている
中小零細製造業のバックオフィス課題
長年、人事コンサルティングサービスを提供している大橋の経験上、組織・事業が衰退している根本的な原因はバックオフィスが機能していないことが挙げられます。
給料の手渡しはもちろん、紙による事務作業、属人化した業務、さらには人事部機能を兼務する総務部の存在など、現在の中小零細製造業で起きている課題はバックオフィスを適切に機能させることで解決できます。
「アトツギ(家業を持つ34歳未満の後継者)」の多くが、ITやDXを活用し、バックオフィス機能を効率化し、職場改善や経営課題を解決していると考えられます。
一方で、人事部(人事部に準ずる組織)が機能不全を起こしている場合、職場環境や人材育成で悪影響が生じます。
特に管理職の育成を怠っている企業の多くは、部下への指導(教育)や接し方がわからない管理職も多く、次世代人材の育成が進まないという深刻な事態に陥りがちです。
中小零細企業の人的課題(人材育成や技能承継)を解決するためには、目先の業務効率化システムを導入するのではなく、まずは「人事部」を作ることから始めましょう。
- 総務部人事係では、正しい社員教育ができないから
- ベテラン社員が正しく新入社員を指導していないから
- 新入社員は誰にも相談できないから
- 人事部をつくると会社が成長するから
従業員が10人を超えたら、まずは人事部を必ず作りましょう。
「従業員が少ないからコミュニケーションが取れている」という考えは、経営者・管理職の勘違いです。
技能承継が進まない、3つの根本的な原因
日本の製造業の多くが高い技術力を持つベテラン社員によって、支えられています。
そのため、ベテラン社員から次世代の若手社員への技能承継は必要不可欠の経営課題です。
では、なぜ技能承継がすすまないのでしょうか。
「ベテラン社員の教え方が悪い」、「若手社員の覚えが悪い」と考える経営者や管理職がいらっしゃいますが、どちらも間違いです。
それは、➀経営者も従業員も技能承継を「仕事」として捉えていないからです。
製造業であれば、必ず製品の「納期」が存在します。納期を守れなければ、管理職が部下を、経営者が管理職を指導・注意をおこないます。
では、「技能承継」はどうでしょうか?
技能承継には、製品のように「納期」がありません。
また、製品を計画通り製造し、納品する、新製品を開発すると給与に反映されるため、従業員は実務作業として取り組みます。
しかし、技能承継が進んでいなくても給与面に処遇されることもなく、せいぜい「なぜ技能承継が進んでいないのか?」と説明を求められるくらいです。
このように技能承継が「仕事」として認知されておらず、給与など人事評価にも含まれていないのであれば、従業員は一生懸命技能承継に取り組むはずがありません。
技能承継が進まない根本的な原因は、もうひとつあります。
それが②ベテラン社員の技能に対する考え方(既得権益化)です。
製造業の場合、一般社員は定型業務を遂行する技能があれば、充分です。
しかし、高い技能を持つベテラン社員は、時に理不尽な要求に耐えて、苦労を重ねて築き上げた技能に対して、一種の既得権益と考える方が多いといえます。
また、熟練技能は会社を支える屋台骨にもなることから、ベテラン社員にとって、技能承継が進まない職場は非常に良い環境なのです。
これはベテラン社員が自分の熟練した技能を承継した場合、自分自身が降格または賃金が下がるといった不安にかられることに起因します。
しかし、こうしたベテラン社員の不安もしっかりとした人事制度が確立されていれば、そもそも発生せずに技能承継はスムーズに進みます。
つまり、③会社として技能承継をフォローする人事制度が確立されていないことに起因します。
この理屈は製造業が大切にする5S(整理・清掃・整頓・清潔・しつけ)の推進やITシステムの導入が進まない原因も技能承継が進まない原因と同じといえます。
➀会社やベテラン社員が技能承継を「仕事」として考えていない
②ベテラン社員が技能を既得権益と考えている
③技能承継に対するベテラン社員の不安を解消する人事制度が確立されていない
技能承継を「仕事」とし、ベテラン社員というボトルネックを解決する
技能承継が進まない根本的な原因は、従業員の育成能力ではなく、そもそも「教えたくない」ことが原因です。
このベテラン社員の意識を解消するためには、技能承継を「仕事」として設定し、人事評価や人事制度に反映する必要があります。また、ベテラン社員になればなるほど決裁権限を持っていることも多く、業務や技能承継がベテラン社員で止まっていることも珍しくありません。
技能承継を「仕事」として設定することは、「成果」として評価することにあります。
多くの中小企業では、技能承継を含む人材育成が「仕事(業務)」として設定されていないことが多いため、ベテラン社員からすると、通常業務に加えれた「評価をされない人材育成」はメリットが少なく、「教える時間を取られる」、「自分の立場(仕事)がなくなる」、「降格・降給になる」というデメリットしかありません。
技能承継を「仕事」として設定し、「成果」として評価する人事制度を確立する
大橋高広の人事制度設計サービスのご案内
大橋高広は、著書『人事部のつくりかた』で紹介している内容を基に、管理職の研修や、ベテラン社員の技能承継をスムーズに進めるための人事制度設計サービスを提供しています。
「ベテラン社員がボトルネックとなっている」、「若手社員に技能承継が進んでいない」といった悩みは、人事制度が機能していないことに起因していることがあります。
大橋高広が提供する人事制度設計サービスは、ベテラン社員による技能承継が、ベテラン社員の不利益にならないような人事制度の確立が可能です。
アトツギ・技能承継が進まない理由:まとめ
中小零細製造企業で技能承継が進まない理由は、教える人の「教え方」や、教えられる人の「聞き方」ではありません。
技能承継を「仕事」として設定していないためです。
未来ある若手社員やアトツギに、しっかりと技能承継をおこなうためには、技能承継を「仕事」として設定し、公正に評価する人事制度の確立が不可欠です。
熟練した技能を後世につなげるためにも、技能承継を評価する人事部を整備しましょう。
「アトツギ」という言葉はご存じでしょうか?